エイブラハムとの対話:欲しいという言葉の重要性

相談者は引き寄せの法則で「欲しい」と言うよりか「持っている」と言った方が現実想像が早くなるのではないか?とエイブラハムに聞いています。それに対し、エイブラハムの考え、注意点を述べています。

この話から「欲しい」と思っちゃいけない、と焦ってしまう人の誤解を解くことができ、「欲しい」ことの必要性が分かります。

エイブラハムとの対話:欲しいより持っていると言った方が良い?

相談者:わたしたちが自らの欲求に対して意識を向けると「欲しい」という言葉を頻繁に耳にします。欲しいという言葉を聞く度に小銭をもらえたら、世界中の政府を買収して戦争を止めさせられるでしょう。

エイブラハム:あなたが欲しいという言葉を発する度に小銭をもらえたら波動の預託口座は大金で満たされます。

相談者:わたしが行っていることですが、「欲しい」という言葉を「持っている」という言葉で言い変えることを提案したいと思います。

おそらく、ここにいる人にとってもいない人にとってもそうだと思うのですが、つまり、「持っている」という言葉を使うことで、「今ここ」とわたしたちが話題としてきたソースとの間の隔絶を無くすプロセスを促進するように思えるのです。

エイブラハム:確かにそうですね。生きている人は最初は持っていなかったものを次第に欲しいと思うようになります。すると、突然ソースがそれに変化し、それを有し、それそのものとなり、そして言うのです。わたしたちの方へ来れば手に入れられますよ、と。

あなたは感情のスケールを上がりながらこう言うかもしれません。「もっていない」「ぜひ持ちたい」「絶対持とう」「持っている」これは確実な増大なのです。持っているときは持てる、つまりそう感じるときは持てるのです。

しかし人によって事情は異なりますが、わたしはこれを持っていると言っても、そのような現実がもたらされないこともあります。すると、自分が嘘つきに思えて感情のスケールを下げるのです。

おっしゃっていることは確かに素敵です。わたしたちは今日、思考を投影する努力をしていますが、それが事実なら、努力を実現するための言葉が見つかったということなのです。そして既に波動のギャップを無くしているということです。

もしすべての人が望んだものを持つことができるなら素晴らしいことです。望みの物すべてが波動の預託口座の中にあり、その人に引き出されるのを待っているのならです。おっしゃることは嘘ではありません。自分には富があるというのは正しいのです。

わたしは天才的な創造者だと言ってもまったく正しいことで、それが真のあなたなのです。そうしたやり方で、みなさんが毎日のようにさまざまな取材について自分を納得させることは望ましいことです。

わたしにはコレがある。わたしはコレだ。コレはわたしのものだと言えばそうなのです。だから金持ちはもっと金持ちになるのです。だからこそ、体力の減退について心配のないような人々にとって健康を維持することは体力の無い人々よりずっと簡単なのです。

自分が持っていることを波動的に認め、持っていることを肌で感じれば、引き寄せの法則はあなたに異論を唱えることはできません。しかし中身のない言葉を言うのは無意味です。

だから中身のあることを言いましょう。「欲しい」という言葉を使うなという人々が手紙に小銭を添えてよこしても、わたしたちは欲しいと言います。言葉は言葉に過ぎないのです。

宇宙はこんな風に言うわけがありません。彼はまだ欲しがっている。まだ与えないでおこう。まだ欲しがっている。まだダメだ。まだ欲しいと言っている。まだまだダメだ。まだまだまだ。。。思い知ったか。風の音もまだまだにしよう。犬にもまだまだまだと吠えさせて、まだだまだだと思い知らせてやろう。

宇宙が反応するのは言葉ではなく波動です。つまりみなさんの気分です。自分のことを安全だと感じても、無防備だと感じても、健康だと感じても、太っていると感じても、知的だと感じても、集中していると感じても、不安がないと感じても、あなたはあなたの感じたようになるのです。

素晴らしい。完璧です。

欲しいの重要性について

もう1ついいですか?どうも。
自分自身に向かって「欲しい」や「持っている」ということを非常に的確に内なる真実に言うことができれば。。。

エイブラハム:一言だけ言わせてください。なぜなら本当に本当に本当に本当に本当に重要なのです。まぁとにかく重要なのです。

相談者:重要なのですね。

エイブラハム:そうです。あなたは欲しいという言葉を無くすということについておっしゃいましたが、その問題点です。そうなれば誰も人生の中で今自分がいる以上のものになることができません。つまり、何かを欲するということこそ、物質世界の楽しみなのです。情熱的に何かに手を伸ばすことは人生の喜びです。

相談者:はい。はい。はい。

エイブラハム:ですから、自分が望んだ全てが実現すると分かっていて望むのであれば、それは健康的な願望です。もし自分はツキに見放されていて、何も手に入れられないと思いながら望むのであれば、それは健康的とはいえません。

自分の存在の永遠性、つまり不完全でありつづけるということと折り合いをつけて欲しいのです。あなたが求めるものが常に何かしらあるのです。現実化の観点ではまだ持っていないものです。持っていない、手に入れる、持っていない、欲しい、持っていない、欲しい、持っていない、欲しい、持っていない、欲しい、手に入れる、持っていない、欲しい。。。

欲しいという気持ちは確かです。それを嫌がらないでください。欲しがることを無くそうとする人々、欲望をすてようとする人々、そうした人々以上に宇宙の流れに抗おうとする人々をわたしたちは知りません。この宇宙はみなさんが成長するようにできているのです。ですから流れに乗ると非常に良いのです。

現実に起こっていないことをソースで体験できるか?

相談者:素敵です。本当に最後の質問です。欲しいと持っているはよく心に留めておきます。もしわたしたちがある経験を望み、内なる真実のレベルでそれを経験したとすれば物質世界に望んだものがなくても、それがソースの中にあるということを直接に経験することができるのでしょうか?

エイブラハム:例えば?

相談者:わたしにはある場所を作り上げ、そこに暮らすという願いがあります。やってくる人々や、その場所のことを聞いた人々が自分達のツールを作るためのインスピレーションを得られるようなところです。切実に欲しいのです。声の変化からお分かりいただけるでしょう?

エイブラハム:望みが欠落に変わりましたね。あなたが望み、願いが絵空事みたいになりました。

相談者:落ち着きました。ありがとうございます。

エイブラハム:気にしないで。でも言葉を責めるのはやめましょう。問題は言葉ではないのです。問題は焦点です。自分が本当に望むものに焦点を合わせてお話くださいましたが、それを今自分がいる場所から見ようとしていたのです。いつ、どこで、どうやってなどは考えていない。それで質問されると落ち着かないのです。

あなたのご質問をもう一度お聞きしましょう。ご質問は確かわたしは。。。

相談者:わたしは、わたしが望むものや持ちたいと願うものをこの物質世界で手にいれることなく、経験できるかです。

エイブラハム:その質問に対する答えは次の理由でNOです。波動の預託口座に送ったものとの波動の調和は現実化がなければ無理です。波動の上では見いだせて、物質世界で見いだせないということがあるかといえばNOです。

引き寄せの法則では矛盾の無い思考をしていた場合、そしてそれがこの物質世界に現れる前から表明してきた思考の流れの一部である場合、波動の調和に至れば、その思考は現実化するのです。そのような意味でなら、答えはNOです。波動的に見いだし、体験し獲得し、知るということは現実化が前提です。

質問は、物質世界で現実化していないことを心の中に見出せるかであれば、答えはもちろんYESです。先ほど誰かがバットを持って望みの現実化を妨げようとしていても、心の中で浜辺に行くべきだといったのはその意味です。心の中で行けば、引き寄せの法則がそれを完全な形で受け取る術を与えてくれます。それが法則です。

相談者:素晴らしい。ありがとう。

解説

相談者は「欲しい」という言葉を使うと、欲しいという現実を引き寄せてしまうから、欲しいという言葉を使わずに「持っている」という言葉を使った方が良いのではないか?と提案しています。

エイブラハムはそのことについては大いに賛成しています。その上で、注意点を挙げています。
欲しいを持っているに言いかえると、「まだ持っていない」という不足感を感じてしまい、自分を嘘つきだと思ってしまう。つまり、「持っている」と言う度に「でもまだ持っていないじゃないか」と思い、感情のスケールを下げてしまうことになってしまうことがある、ということです。

既に持っていることを肌で感じれる、つまり、思い込めるのであれば、それは有効です。例えば既にお金持ちの人はお金を持っている、という現実があるので、もっとお金を持ちやすくなるし、体力がある人は無い人よりも健康を維持しやすい、ということです。

そして、エイブラハムは「欲しい」という言葉ではなく、波動、つまり感情の方を優先しなさい、と言っています。なぜなら宇宙が反応するのは言葉ではなく、感情だからです。

次にエイブラハムは「欲しい」という言葉の重要性について教えています。というのは、引き寄せをしている多くの人は早く現実を起こそうとするあまり、「欲しい」をすっとばして「持っている」という状態になろうとするからです。

言いかえれば、欲しいというのは不足であり、気持ち良い気分ではないので、その状態をなんとか打ち消そうとしてしまいます。

でもそうすると、欲すること自体が悪いということになり、欲しいという状態を悪者扱いにしてしまいます。でも欲しいがなければ成長、つまり願望自体もなくなります。(実際には欲することはなくならないのですが)

つまり、エイブラハムは「欲しい」を毛嫌いせずに願望が新たにできて成長するチャンスだと捉えて感謝してください、と言いたいのです。

さて、最後の質問は少し分かりにくいですね。

簡単に言うと、実際に体験しなくてもソースの中でそれ同等の体験はできるの?ということを聞きたいのです。

つまり、現実化しなくても、ソースの中で体験できるなら、わざわざ現実化する必要なんてなくない?ということです。

そこにエイブラハムは相談者に欠落の波動を見ています。相談者の夢「理想の場所を作り上げ、そこに住む」ことについて欠落の波動から話をしていると捉えています。

つまり、「こんな夢があるけど、わたしでは無理」という波動が出ていたということです。実現は無理だと思うけど、ソースの中で体験できないのかなぁ?と思っているわけです。

エイブラハムはそのことに強くNOと言っています。つまりソースで完全に調和したなら、それは必ず実現化すると言っています。
ただ、心の中で願望が叶っている気でいるつもりになることはできる、と言っています。

まとめ(分かったこと)

言葉、アファメーションを使うときは、自分の心がついてこれる範囲で言うこと。あまりに現実がかけ離れて心がついてこないようであれば、自分の思考や感情が追いついてくるように、言葉を変えていく必要があります。

「欲しい」という状態を毛嫌いせずに、そのことをチャンスだと思うこと。それは自分がどうなりたいか?を知ってそうなる機会なのです。

最後に波動で完全に調和したことは現実化するから、その為に心の中でなったつもりでいるということが大事だということです。

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